『TENET』 終わらない映画

 『TENET』は2020年に公開されたクリストファー・ノーラン監督の映画作品である。名もなき男(主人公)が、未来で起こるとされている第三次世界大戦を阻止するために敵と戦う、というストーリーである。

 本作の最も大きな仕掛けが、ストーリーと映像の「時間の逆行」である。回転ドアという装置に入ると、未来へと流れている時間が過去へ流れるようになる。「過去へ行く(タイムトラベル)」という題材は、『ドラえもん』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などSF作品の定番になっているが、本作はストーリーも映像もそれらの作品とは異なる。

まずは、本作のストーリーを見ていこう。 本作では、回転ドアに入れば、ひみつ道具やデロリアンのように一瞬で過去へ連れて行ってくれるのではなく、昨日に戻るには24時間、1週間前に戻るには168時間というように、過去に戻るには過ぎた時間と同じ時間だけ待たなければならない。本編開始約7分後の、主人公がとある輩に拷問されるシークエンスは本作で行われている「時間の逆行」をアナログ時計で表現している。何本もの線路が敷かれたくさんのコンテナ車が行き交う場所で、主人公は椅子に縛られ拷問を受ける。主人公の前にはぐったりとした仲間の男が同じように縛られている。その2人のさらに前には簡易的な机があり、その上には黄色の四角いアナログ時計が置かれている。「もうすぐ7時だ、早すぎる」。輩がアナログ時計を持ち主人公の目の前まで持ってくる。「1時間戻そう」。主人公に見せつけるように6時54分だった時計の針を、ネジを巻いて戻していく。

本作で行われている「時間の逆行」は、右回りに回ってきた時計の針を地道に左に回すことと同じだ。

次に映像を見ていこう。ストーリーの「時間の逆行」は映像の逆再生によって表現されている。主人公が建物内の回転ドアに入った後に外へ向かいカーチェイスを繰り広げるシークエンスでは、回転ドアに入った主人公と敵の動き以外が逆再生になっており、跳ねた水が水溜りへ戻り、飛ぶ鳥は後ろを向き、車は後ろ向きに走り、弾丸は銃口へ戻る。喋っている人の声までもが逆から聞こえるので何を言っているのかわからない。時計の針が左回りになること=時間が過去に流れ、それと共に映像も巻き戻ることにより、本作の「時間の逆行」が成立している。

そして、上記を踏まえて注目したいのが、この「時間の逆行」の中での過去の自身や未来の自身との対面だ。主人公がマスクを着けた未来の主人公と戦闘したシークエンスで「なぜここに?何者だ?誰の指示だ?」と問いかけるシーンは印象的であるし、その後主人公が逆行した先で再び過去の主人公と戦闘することになる。さらにこの主人公同士の戦闘が行われるシークエンスでは、主人公が3人同時に存在することになる。

冒頭に書いたように「過去へ行く」というテーマはもちろん、未来の自分や過去の自分との対面も映画ではよく描かれてきたし、ノーランの過去作品に共通するテーマのひとつとして、「時間」と「複数の自分」がある。

複数の登場人物の時間軸だけでなく、過去や未来の登場人物の時間軸が入り組んだ終わりのない堂々巡りのストーリーと、再生と逆再生を繰り返す映像によって複雑に構成された本作は、映画が終わった後にも鑑賞者に多くの疑問を与える。そしてもう一度映画館に訪れたり、プレイヤーの再生ボタンを押して、その疑問に立ち向かわせる。